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神戸地方裁判所 昭和29年(ワ)992号 判決

原告 室本彌平治郎

被告 恵南協同蚕糸株式会社 外一名

主文

被告等は、各自原告に対し金百四十万五千四百六十七円及びこれに対する昭和二十九年五月十三日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その二を原告、その三を被告等の負担とする。

この判決は原告において各被告に対し金四十万円宛の担保を供するときは各仮に執行することができる。

事  実〈省略〉

理由

昭和二十九年五月十三日午前八時頃被告会社の被用者である被告河合が、同会社の業務のため岐阜県恵那郡岩村町所在の被告会社より神戸市所在の生糸検査所へ赴くべく貨物自動車を運転して阪神国道を西進し西宮市弓場町五十一番地先にさしかかつた際、折柄青果物を仕入れたゴム輪大八車を曳き同国道上に西進していた原告に追突し、その結果原告は右下腿開放性砕骨折兼右第十、第十一肋骨骨折、顔面挫創の傷害を受け、右下腿を切断するに至つたことについては当事者間に争がない。証人中川健二郎、同鈴木昌雄の各証言、原告本人、被告河合太郎本人の各供述並びに検証の結果を綜合すれば、原告は仕入れた青果物を載せた原告所有の大八車を曳き歩道ぎわを進んでいたにかかわらず、貨物自動車を運転していた被告河合が居眠りしており、前方注視その他操車について何の措置も採られなかつたため貨物自動車が後方から右大八車に追突し舵棒を握つていた原告は車の操作の自由を失い、そのまま左斜め前方に押しやられ大八車とともに歩道上の街路樹に激突し、その結果大八車は舵棒と右側の車輪や台が破損してしまつたことが認められる。結局本件事故は被告河合の過失(居眠り運転)により発生したものであるから、被告河合は原告に対し右不法行為に基く損害賠償責任がある。

次に被告会社は被告河合の選任及びその事業の監督について相当の注意をなし又相当の注意をなしても損害を生ずることは避けられなかつたと抗争するけれども、この点を肯認するに足る証拠はなく、かえつて証人伊藤武雄の証言によれば被告会社においては従来自動車の長距離運転の場合は運転手を二人同乗させる方針をとつていたにかかわらず、相当の長距離と考えられる岐阜県恵那郡岩村町、神戸市間の本件自動車運転につき運転手としては被告河合一名のみしか乗車させず、又事故発生の前日である昭和二十九年五月十二日には同人に荷造等を手伝わせて特に休息を与えなかつた事実が認められ、かくては被告会社がその事業の監督につき相当の注意をなしていたとは到底認められず、結局被告会社の右抗弁は採用できないから使用者である被告会社は被告河合が前記認定の如く同会社の事業執行に当つてその過失により原告に与えた担害につき賠償の責任があるものといわねばならない。

そこで進んで本件事故によつて原告の蒙つた損害の額について判断する。

原告が明治三十九年十月一日生で、本件事故当時年令満四十七年七月であり、厚生省発表第九回生命表によると満四十七歳の男子の平均余命は二十三年六七となつているけれども、本件において原告の平均余命を本件事故の日から二十年とすることについて当事者間に争がない。証人小笹健三、同近藤充康、同大前常吉の各証言により順次真正に成立したと認める甲第五号証の一乃至三、真正に成立したと認める甲第五号証の四、五に前記証人等の各証言並びに原告本人尋問の結果を綜合すると、原告は昭和二十七年春頃以来本件事故発生当時迄芦屋、住吉方面において青果物の曳き売業をしていたものであるところ、昭和二十八年十月より昭和二十九年四月迄の七ヶ月間に小笹健三外四名の青果卸商人から合計金百四十九万五千七百三十円に相当する青果物を仕入れていることが認められるので、右仕入総額を月額に直すと金二十一万三千六百七十五円となる。そして鑑定人森本喜一の鑑定の結果によれば原告のように自己の営業店舗を持たず青果物を大八車にて芦屋、住吉方面の消費者宅へ売廻る青果物小売商人の収益率は仕入額の約十五乃至二十パーセント(純利益)であることが認められるから、前記一ヶ月の仕入額に最低の収益率十五パーセントを乗じても純利益は一ヶ月金三万二千五十一円(円未満切捨)となる。然し原告は本訴において一ヶ月の所得(収益)は金三万円、平均余命は本件事故の日より二十年であることを基準として(イ)(ロ)の財産上の損害金を請求しているのであるから、以下順次これについて検討を加えよう。

(一)  原告主張の(イ)の損害額について

先づ原告の就業不能期間を本件事故の日から三年とすべきかどうかを考えてみる。証人田中信吾の証言、原告本人尋問の結果に鑑定人中野謙吾の鑑定の結果を綜合すれば、原告は本件事故により蒙つた傷害のため昭和二十九年五月十三日から同年九月三十日迄西宮市御茶家所町七十五番地医師田中信吾方に入院治療を受けていたが、退院時には頭部、胸部の負傷は殆んど問題なく治癒しており、右足も義足をつけて杖をつけば歩行可能となつていたこと、もつとも義足不適合と馴練不足のため著明な跛行が見受けられるけれども、義足装着後筋萎縮が停止して全治する時期は昭和三十一年十一月中旬であることが認められる。そうすると原告の就業不能期間は本件事故の日から右昭和三十年十一月中旬迄の一年六ヶ月間と認定するのが相当であり、他にこれを左右するに足る資料は存しない。よつて原告は他に特別の事情の認められない限り前記のように一ヶ月の収益を金三万円として右認定の就業不能の一年六ヶ月間に少くとも合計金五十四万円の得べかりし利益を失つたことになり、これが本件不法行為に基き蒙つた右就業不能期間中における財産上の損害というべきであり、これを年五分の割合による中間利息をホフマン式計算方法により控除すると計数上金五十万二千三百二十五円となること明かである。

(二)  原告主張の(ロ)の損害額について

鑑定人中野謙吾の鑑定の結果によれば、前記のように全治の時期は昭和三十年十一月中旬であり、その後重労働は不能であるが、通常労働は可能であつて、義足の改善、馴練により十分に原告は原職の青果物商に復帰することは可能であり、ただ店内作業においては二十パーセント、店外作業(大八車による青果物の曳き売業)においては三十パーセントの労働能力低下があるに過ぎないことが認められる。そこで前記の本件事故当事の原告の年令満四十七年七月に、原告主張の平均余命を加えると満六十七年七月となるが、果してこのような老令に達するまでも大八車による青果物の曳き売業に従事し得るかどうか疑問であるところ、原告はその可能なることについて何等立証していないので、むしろ原告本人尋問の結果並びに成立に争ない甲第一号証により認めうる原告の既往の職業、階級、家族その他の生活環境及び身体の健康状況並びに本件事故の日から十五年后には原告の四男隆が満二十歳弱となり、二男憲造、三男義幸はそれぞれ成年に達しいづれも十分な生活能力を得るに至る事実に家族制度の習俗から全然脱却していない現在社会の国民生活ないし老令者生活の実態等諸般の事情に照し原告が前記の方法による営業に従事し得る期間は本件事故の日より十五年間であると認めるのが相当と解する。そうするとこの内から前記(イ)の一年六ヶ月を差引くと昭和三十年十一月中旬から更に十三年六ヶ月間は右曳き売業に従事し得ることになるのであるが、前記認定のように三十パーセントの労働能力低下があるので、特段の事情のない限り前記月収金三万円の三十パーセントの収益減があるものと認めるを相当と考える。そうすると一ヶ月につき金九千円の収益減となり、右十三年六ヶ月間には合計金百四十五万八千円の得べかりし利益を失つたことになりこれが本件不法行為に基き蒙つた右労働能力低下期間中における財産上の損害であるというべきであり、これを年五分の割合による中間利息をホフマン式計算によつて控除し本件事故の発生の日の金額にすると金八十三万三千百四十二円となる。

(三)  原告主張の(ハ)の損害額について

証人鈴木昌雄の証言並びに原告本人尋問の結果を綜合すると、本件事故当日原告が曳いていた大八車は昭和二十七年春頃代金一万八千円で買い、更に改良費を加えると結局金二万円以上を費していること、然るに右大八車は本件事故により使用不能程度に破損したことが認められるから、使用年数を考慮に入れても右大八車の破損による損害額は金二万円と解する。

(四)の慰藉料について

原告の負傷は前記のような重傷であつて遂に右足を切断したこと、原告の労働能力には前記のような低下があるが、更に鑑定人中野謙吾の鑑定の結果によれば日常生活においても不自由度が三十パーセントであることが認められ、又当事者間に争のない原告には妻キヨコ及び原告主張のように養育すべき三人の子がある事実の外、成立に争ない甲第二号証、真正に成立したと認める乙第四号証に証人室本キヨコ、同伊藤武雄の各証言、原告本人、被告河合太郎本人の各尋問の結果を綜合すれば、原告が入院中は勿論その后も傷の痛みのため相当に苦しんでいたこと、原告は本件事故のため貯金も使い果して家族と共に途方にくれていること、被告会社の資本金は金八百万円であるけれども、昭和二十八年六月一日より翌二十九年五月三十一日までの事業年度には約七百五十万円の欠損を生じていること但しその前年度は約三十六万円の利益があつたこと、被告河合は養子であつて被告会社から月給金八千円の支給を受けているが同人自身にはこれという財産がないこと、被告会社は金十八万四、五千円に達する原告の入院費、治療費等一切を支払つたことが認められる。

以上の事実に原告の年令、その他特に本件事故は、被告河合の過失によるとはいえ、普通の自動車追突事故に比しこの重大な結果を惹起したのは前記のように追突後原告の大八車が原告もろとも運悪く街路樹に激突したためであること等、諸般の事情を考慮すると本件事故により原告の受けた精神上の苦痛に対する慰藉料として金五万円を以て相当と認める。

而して原告は被告両名に対し連帯し財産上の損害金並びに慰藉料の請求をしているが、被告会社は民法第七百十五条第一項本文により被告河合がなした不法行為による損害賠償につきその責に任ずるものであるから、被告両名の責任はいわゆる不真正連帯債務の関係にあるというべく、従て被告両名は各自原告に対し前記認定の(イ)(ロ)(ハ)の損害金並びに(ニ)藉料合計金百四十万五千四百六十七円及びこれに対する本件不法行為発生の日である昭和二十九年五月十三日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるといわねばならぬ。

よつて原告の本訴請求は右限度において正当としてこれを認容し、その他の部分は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十二条第九十三条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松本昌三 前田治一郎 浅野芳朗)

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